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健康診断

今日は健康診断。

最近息苦しさや喉の奥に違和感があったので、
アルコール専門の医師には
「逆流性食道炎の可能性があるかも」
と言われていた。

胃カメラの結果、いつものように胃炎、やっぱり食道にもちょっぴり炎症。
詳しい検査結果は後日となった。

やっぱそうかー。

よし、

そろそろタバコもやめどきか?

お酒をやめて45日。
タバコの本数も3分の1ぐらいには減ったけど、
なかなか完全にはやめられないでいた。

お酒もタバコも、胃や食道を荒らすことは間違いない。

昨日ちょうど、タバコを切らしたところで、
たまたま健康診断のため、今日はタバコを吸っていない。

チャンスだ!

でもやめられなかったらはずかしいんだけど。

ちょっと頑張ってみるw

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実家を離れてから

実家を離れてからもう28年!
さすがにすべては書ききれませんが、その後の家族との関係は、、、。

妹は社会適応能力が著しく低く、
仕事に就いても短期間で辞めてしまうことを繰り返していました。
母は仕事の送り迎えをしたり、お弁当を作ったりと、相変わらず妹の世話を過剰にやきながら、
呪いをかける活動を繰り返していました。辞めるたびに母が仕事を探し、妹を説得して仕事に就かせては、そしてまた辞める。あたしや周囲が母に何度「過干渉すぎる」ことを指摘しても、絶対に聞き入れることはありませんでした。母もひどいですが、妹もプライドだけは高くて、自分の能力や経験を考えても明らかに、「そりゃむりだろう」と思うような仕事しかしたがりません。

あたしは大学卒業後、就職、結婚し、実家に帰るのは年1〜2回といったところでしたが、
たまに実家に帰ってくつろげることは無し。。。
母は妹への愚痴を、妹は母への愚痴を、双方がいる場所であたしに言い始め、そのせいで2人が喧嘩になり険悪ムードになるという繰り返し。
まともに聴く気もしないので、適当に聞き流し、なるべく地元の友達と用事を作って家にはいないように。出かけようとすると「あたしにかまってくれない」と恨み言を言われます。今も基本的に、この辺は全く変わっていません。
よほど母と妹の機嫌のいいときか、結婚していたときはあたしの夫がいるときや、親戚などが遊びに来ているときは取り繕うので少しまし。

一番ひどかったのは妹が20代後半から30代まで。
妹はしばらく安定し、仕事が続いていた時期もあったのですが、腫瘍ができて手術。退院しても容態が安定せず、仕事は退職することに。そのときから幻覚を見たり、言動がおかしくなっていきました。
検査の結果、一番の原因は薬の副作用だったのですが、度重なる転退職、病気、母を始めとする人間関係のストレスからすっかり精神的に参ってしまいました。
鬱病にパニック障害。少し体調がよくなると今度は買い物依存症に妄想的な発言。
7年ぐらい仕事もできず、ちょっとでも不安や心配事があると、毎日のようにあたしに電話してきて何時間でもしゃべり続けました。

もうこれは本当にきつかった。
特に買い物依存のときは、約束もしていない買い物を「買ってくれると言った!」と怒ったり。
「処方される薬が毎回間違っている」とあり得ないクレームを言い続けたり。ほとんど収入はないくせにプレゼントを買っては送り続けてきたり。
状況からまだ無理だと止めても、じっとしていられず、仕事に就いてはまたすぐ辞めたり。

あたしも疲弊しきり、自分なりに調べてみたり周囲に相談しても全く同じような経験をしている人もいないのでどうにもならず、困りきっていたところ。
同僚のすすめで、会社のEAPに電話で相談してみました。当時家族の問題で相談したら思っていたより役に立ったという人がいたのです。
たった一時間足らずの相談でどうにかなるのか?と半信半疑だったのですが、担当のカウンセラーは、買い物依存については本当に必要な金額しか渡さない、社交辞令は通じないので曖昧な返事をしない、妄想については否定をしない、専門家に任せる、本人が混乱しないよう家族で一貫した接し方をするなどいくつかアドバイスをくれました。

この時の経験で、「やはり専門家には相談してみるもんだ」と思ったものです。
この時の経験は、「アルコール依存について病院に相談してみよう」につながっていると思います。
まさに目からうろこ。あたしがなんとかしようとして、どうにかなる問題ではない。これは妹の問題だと初めて自覚したような気がします。あたしも母と同じで、妹をどうにかコントロールできないかと無駄に疲弊していたことに気付き、だいぶ楽になったのを覚えています。

それからは妹から電話がかかってきても、自分が忙しいときは断り、すでに妹は精神科の医師にかかっていたので、妹の病気についてはあたしにはわからないから相談は医師にするよう促し、お金や物をほしがったときは本当に必要なものか考えてもらい、すぐには渡さないようにしました。
そのことは母にも伝えました。ま、妹がいないときに母に連絡するのも大変でしたが。とにかく母とあたしが話しているとすぐ察知し、電話を代わりたがるので、、、。こんな感じで、あたしが直接母と話をすることはあまりなかったんです。いつも妹から聴いている感じ。
母も疲れていたのでしょうけど、「あなたの言うことなら聴くから聴いてあげて!」と、自分と妹の問題をあたしに丸投げしてくることも多かったです。

あたしは接し方を変え、妹自身にも転機がありました。
長年かかっていた精神科の医師が病気で倒れ、妹は他の病院を探さなくてはいけなくなりました。
あとで聴いたんですけど、最近あたしも話を聴いてくれないし、自分でなんとかしないとと思ったらしいです。

その頃から妹は徐々に落ち着き、今は短時間ではありますが、週に3〜4日程度の仕事をもう何年か続けています。この仕事も妹は自分で探し、自分の病気のことも話して採用してもらったようなので、職場もある程度理解があるようです。

うざさは相変わらずですが、それまでの妹を考えるとだいぶ成長したと思います。
彼女自身相当辛かったはずです。

それでここ数年、今までよりはだいぶ落ち着いてたんですけどね。
電話もたまに。近況報告程度だったはずなんですけど、なんか最近またおかしい。
また過剰に連絡をよこすようになってきた。

どっちかというと母が。
母のほうがなんかおかしい。あれ?いつからだ?
たいぶ適切な距離を置いていたつもりだったんだけど、、、そしてその原因は?

と考えていくと、、、
どうやらあたしのお酒も関係しているようだということに気付いてきました。

つづく。

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デッドorアライブ

デッドorアライブのボーカル、ピート・バーンズ。
亡くなったんですねえ、、。今日知りました。
ブレイク当時を知っているので鮮明に記憶に残っています。


もともと美形なのに、整形依存だったそうです。醜形恐怖だったのでしょうか。最近の映像を見るとえらい姿に、、、。
お母さんはアルコール依存だったそうだし。

こういうニュースを聴くと、自分の見方っていうのは結局自分次第なんですね。
自分を受け入れるということは誰にとってもなかなか難しいことなのかもしれません。
美しいゆえに嫌な思いをしたのかも。

加えてこういうミュージシャンみたいなビジネス。繊細な人にとっては刺激が強すぎるのかもしれませんね。LIVEの高揚感や派手なPV。毎日不自然な非日常に晒されているわけですし。
そしてこんなふうにアップダウンの激しい人生を送り、また若くして亡くなると伝説となっていくんでしょう。人間ってなぜ、こういう儚さに惹かれるのかな?

あたしも音楽は好きなのですが、LIVEは最近疲れますw
若いときは最前列に押しかけてわーーっと騒いでいるタイプでしたけど。
ある時期からLIVEにいくなら全体をみたくて、わざと後列をとってしまったりします。

ご冥福をお祈りします。

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実家を脱出するまで

高校生ぐらいになると、妹とも少しは素直に話せることもあった。
母の過干渉は異常だけど、もう頭の固い親に変われっていっても無理だから、あんたがなんとか自立するしかない。そのやり方はわからんけどなっていう程度のもんだけど。
妹はお姉ちゃんはなんでもできて友達もいてうらやましいというようなことも話したていたかな。
(あくまで妹比)
あたしは逆に親に甘えられるあんたがうらやましいわっていうようなことを話したと思う。

とにかくあたしはなんとしても実家から出ようと思っていた。
この頃は母の正しさが嫌だった。正しいことは正しいけど、いろんな人がいていろんな考えがある。
母のように考えて母のように生きるのはあたしは嫌だった。
でもなんせパワーの強い人だったから近くにいたら飲み込まれる。そんな感じだった。

なので進学はわざと他県の大学を選んだ。
本気で勉強したかったわけでもないし、大学に生きたかったわけでもないと思う。
興味のない、受験のための勉強は嫌だったけど、大学に行けば少しは好きなことも勉強できるだろうと思ったし、一番円満な脱出方法だとも思った。
そして母に支配されない、自分で考えた生活をしたいと思った。
それはとても些細なことだ。
母のやり方ではない家事、生活がしてみたかった。些細だけど大事なことだった。

最初は案の定反対されたんだけど、勇気を振り絞って、
「とにかく家だけは出て一人暮らしをしたい。」と言った。
母は、
「そんなに家が嫌なの?」と一瞬涙ぐんだけど、最終的には父が行かせてやれということで、母も納得した。

それからの勉強は楽しかった。
絶対に家を出る。

それなのに。
さー受験勉強も本番という夏休みに入って、あたしは急に何もやりたくなくなった。
鬱病になったのだ。
その前からそういうことはたびたびあった。授業を一時間聞いているにがつらくて寝ていたり、抜け出してさぼっていることもあった。別に反抗していたわけではない。ただしんどくて座っているのも耐えられなかった。不快な気分を紛らわせるために、時々隠れてお酒を飲むようになったのもそのためだった。

目標がなかった頃はそれでもよかった。明らかに家庭内にストレスがあったので、もうどうでもいいという気持ちもあった。けど、家を出るぞという目標も決まって勉強も楽しくなって、本音を話せる友達もいたのにそういう状態になったのはやばいと思った。
つらすぎて母に病院に連れていってくれと頼んだ。そのときもしばらく母は、「鬱病なんて考え過ぎた」となかなか認めてくれなかった。結局夏休みはほとんど棒に振って寝てばかりいた。

さすがに母もまずいと思ったのか、職場の人の助言で病院を紹介してもらい、処方してもらった薬が一週間ぐらいで利いて、不快な気分は嘘のように楽になった。もしかしてもっとずっと前から、あたしは鬱病だったのかもしれないと思ったぐらいだ。普通の状態がこんなに快適とはびっくりした。

受験までの約半年間、病院に通ってカウンセリングを受けながら勉強した。
母を不快に思う気持ちにずっと罪悪感があった。
自分が怠けているだけなのかもしれないとも思っていた。
医師の
「これは病気だから、誰のせいでもないよ。」
という言葉に、安心して泣いたのを覚えている。

カウンセリングとともに、行動療法についても自分で勉強した。
悲観的にとらえていたことをなるべく前向きにとらえるように努力した。
もうたぶん180度変えたといってもいい。
とにかく家だけはなんとしても出たかった。
鬱病のくせに、不合格になることは一切想像しなかった。
今までのあたしは無知だっただけだ。自分の家族の中しか知らなかった。鬱病のことも知らなかった。
その原因も解決方法も知らなかった。
鬱病になってしまったけど、それを解決しようとして世界が広がった。
我ながらあの頃のあたしは、よく頑張ったと思う。

そしてあたしは無事合格し(第一希望ではなかったけどw)家を出ることができた。
実家を離れた故の苦労もあったと思うけど、あたしはあのとき家を出て
本当によかったと今でも思っている。

ここまで書いてきて今気付いた。
アルコール依存も同じかもしれない。
あたしはアルコール依存について無知だった。
だけど今はあたしはアルコール依存だと理解した。
その原因の一つとして、あたしはいまこうやって家族関係に向き合っている。

それは憂鬱な作業だと思ったけど、
取りかかってみると、その過程で自分ができたこと、頑張れたことも発見した。

また大きな問題にぶつかってしまったけど、
また世界が広がるのかもしれない。

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あたしが子どもの頃の家族

妹は生まれつき脳に珍しい病気があって、恐らくその影響で発達が遅れていた。
知的障害とまではいかない。
でも明らかに学校の勉強を習得する能力とコミュニケーション能力に欠けていた。
勉強は全くできなかった。家庭教師をつけてもだめだった。
走るのは速かったけど、団体スポーツはだめだった。
彼女が子どもの時の写真はいつも一人。遠足や学校行事の写真がいつもポツンと一人離れていた。彼女の友達とういうのが今でも思い当たらないし、しょっちゅう人間関係でトラブルを起していた。

そんな妹に対して、母は明らかに過干渉だった。
妹が一人でできそうなことも、すべて先回りしてやってしまう。
「あたしがいないと何もできないんだから」
妹へかける言葉はいつもこれ。妹のやることはすべて母が決める、指示する。呪いだなと思っていた。
妹も自我はあるから反発する。もともとコミュケーションもへたくそだから、もうそれはいくら親子だからってそこまで言うかぐらいの壮絶な争いが毎日家の中で巻き起こる。
そのくせ2人は離れられない。大人になる過程でどちらかが成長するチャンスは何度もあったと思うけど、お互いがつぶし合っているように見えた。

母は妹にかかりきりだったのであたしは必然的に放任され、教えられなくても自分でなんでも調べて自分でできるようになった。本が好きだった。そこはよかったと思うけど、
当時は妹の病名もはっきり聞かされていなかったのでどこか普通ではない妹のことが、あたしには理解できなかったし嫌いだった。妹は思い通りにならないと乱暴で、よく噛み付かれたりもした。自分から何かをゆずるということも一切できなかった。何もかも妹が優先だった。年も一つしか違わないし、理解しろと言われても無理だったと思う。怒ったときの妹はもう、野性の動物みたいに手がつけられなかった。

「もしお母さんに何かあったら、妹を頼むわね。」
という母の言葉が何より嫌だった。あたしの人生はどうなるの?
いつも妹にかかりきりの母を見て寂しくも思った。

そんな家庭環境のストレスなのか?単にまだ子どもで免疫が弱かったのか?あたしはよく熱を出したり吐いたりと、弱いところがあった。
妹は先にあげたような障害はあったけれど、風邪をひいたりとかそういう弱さはなくて、はためにはピンピンしていた。
でも妹に比べたらましなんだからという思いがあったのか?母に手厚く看病されたことがない。
吐いたときも苦しくてたまらないのに、「また吐いたの?自分で片づけなさい」と言われたことまである。わざと吐いたわけじゃないのに、あれはとても悲しかった。

友達の家で具合が悪くなり帰宅したときも、あたしの身体の心配よりも先に、友達の家に迷惑をかけたんじゃないかととんで謝りにいくような人だった。
よく周りの友達と比較された。

外向けには明るく面倒見がよかったので、近所の人からは頼りにされていたと思う。
家の中では自分の思い通りにならないとイライラしていた。必要としないことを過剰にやってくれるけど、それを受け取らないと不機嫌、本当に助けて欲しいときには厳しい人だなと思っていた。

父は単身赴任で離れていることが多かったので、こんな家族のごたごたに介入することがほとんどなかった。というか家にいないのでできなかった。
父がいるときのほうが母も穏やかで、父がもっと家にいてくれたらいいけどなとずっと思っていた。

父との関係に大きな不満は無かったけれど、だいたいほとんど一緒に生活していないし、もし母や妹がいなかったら?と思うと、父とうまくいっていたかはわからない。

妹は成長するにつれ、どんどん学校に適応できなくなった。
中学生までは同じ学校に通っていたけれど、高校はあたしは公立、妹は勉強ができなくてもなんとかいける私立に入学し(いろいろ親のコネがあった)、その頃から登校を嫌がるようになった。相変わらず勉強もできず、友達もできないようだった。中学までは幼なじみやあたしの友達との係わりがあったけど、高校は別だったから難しかったんだろうと思う。

どうしても学校に行きたくないという妹に母は怒るばかり。
そのときは父がいて、ようやく父が介入した。

が、
「だったら出て行け!」父も母と一緒になって妹を叱った。

妹は、「わかった。もう死んでやる。」
家を飛び出そうとした。
その妹の手をひっぱって、あたしは必死にとめた。

大嫌いだった妹を、あたしが引き止めた。
両親の手前ではない。

そのときも妹を好きにはなれなかったけど、これだけ社会に適応できない妹を
ただ叱るだけの両親がおかしいことはわかるようになっていた。
もともとの妹の能力を差し引いても、あれだけ甘やかしておいて急に手を離してできるわけがない。

手を放したら、妹は本当に死ぬと思ったからだった。

それから今にいたっても妹との葛藤はあるので、

あのとき手を放していてもよかったかな?
と、冗談まじりに思うことはあるけどね。

つづく

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誕生日のホラー

昨日は誕生日だったんですが、
その誕生日に日付が変わった深夜、スマホのメールの着信音が鳴る。

「ん?誰だ?」
最近友人との連絡はほとんどLINEやSMS。しかも平日の深夜である。
そんな時間に連絡してくる友人はいない。

見てみると、
「お誕生日おめでとう。」
しかもハートマークいっぱいの。
妹からである。

彼氏か?てか彼女か?

お誕生日の0時過ぎ、一番にメールて。

「気持ちわるい。まじで気持ち悪い。」
つぶやきながら即座に無音に設定し、心も無にしてベッドにもぐりこむ。

用があってたまたま深夜のメールになってしまった。それはいい。
何が気持ち悪いって、
あたしの誕生日にメールするために、頑張って深夜まで起きていたことが。

妹は、昔から超早寝早起きなのだ。
しかも今は仕事も早朝なので、そんな時間に起きていることはまずない。

実家にいる妹は、普段から用もないのに一週間に一回は電話してくる。
たいしたようでもない、ただのおしゃべり、しかもほとんど愚痴なので、家事の途中だったり、のんびりしたいときはあたしは電話に出ない。するとメールが入る。メールで返事をする。
しょっちゅうメールがくる。
理由は「心配だから」。

確かに病気したり骨折したりしたことはありますよ。でも。
その前、何事もなかったときからずっとです。
たぶん、事実として妹に、迷惑や心配をかけたことはありません。

数日前、とうとう
「たまには声を聴かせて。」

というメールがきた。これ姉妹間の言葉?よくある頻度ですかね?

ので「忙しいので急用でなければメールにして」とお願いしていた結果、深夜のお誕生日おめでとうメールがやってきたというわけです。

翌朝もう一通メールが来た。
今度は母から。

出だしは同じくおめでとう。

その後に

「たまには声を聴かせて。寂しいです。

え?妹と同じ?

プラス寂しい?

実家を出てからあたしはずっとこんな調子だよ。変わってないよ。
なんで今更?

この2人って一体?

そっとメールを閉じ、仕事に向かったあたし。

あたしのアルコール依存の背景の一つには、たぶんこの2人との関係がある。
このことは何度も考えてきたけど、距離もとったつもりだけど、
もう一回整理しないといけないのかもなとは感じていたんだけどね。

お誕生日にとはね。

つづく

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誕生日

今日は誕生日です♪
毎年のことながら早い、、、。

昔読んだ本でお誕生日になんか脳内の時計だったかな?がセットされて体が慣れるのに2週間かかるとか。
その間は不安定でもあるので大事な決断は避けた方がいい反面、変えたいけど変えられなかった習慣とか、やってみたいけどできなかったことにチャレンジしてみるのにはいいかもみたいな話。

最近できない早起きとか、ちょっぴり面倒くさかったことをやってみようかな。

この一年は、そこそこ健康で、断酒も続けらるますように

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忘年会の話

本日、
「フロアの忘年会の候補日が決まったよ♪」
と、上司。

「あーそうですかー。もうそんな時期ですかー。
 では欠席ということで。」

 Σ(・∀・|||)
びっくり顔の上司。

いやそんなびっくりしなくても、あたし、毎年会社の公式忘年会には参加していませんよ。

アルコール依存のあたしですし、飲み会もアルコールも否定はしませんが、
この会社の半強制的な公式行事って、もうやめていんじゃないんですかね。

入社当時からから飲み会だろうがなんだろうが、会社行事には否定的なあたし。
就業時間内だったらいいですよ、仕事ですから。
百歩譲って酒なしの安全な会ならいいですけど、それはそれで、お酒を飲んでたころのあたしにとっては苦痛でしょうねー。酔わずにあんなつまんない人ともコミュニケーションをとらされるのー?

ムリ。


最近はアルハラやらパワハラやらうるさいので、建前上は参加は自由。
でも参加しないというと、えらい複雑な顔をされた上、その場で承諾されてもあとで、

「なんとかこれませんか?」

とか、
「会社がお金を出すと言ってるのに、来ないと言ってる人がいるんですか?」

とか、

「いやーそういう場所のセッティングも大事な仕事だよ。」

とか、言われるんですよね、未だに。

大事かえ?

あたしも鬼ではないので、店ぐらいは探したり、セッティングすることはありますけど、
店の予約ぐらい、
子どもでもできます!

ただ、これも正直苦痛です。そう思ってる人多いと思うけどな。


酒飲みだったあたしが言うのもなんですが、この会社の飲み会でパワハラやセクハラにあった人もいるし。加害者にしたって、そういう人の中には依存症や異常酩酊の人も隠れていたかもしれません。
それは病気ですからね。
自分がアルコール依存と気付く前から、そのことは懸念していました。
お酒飲んで変わる人、事実いますから。


依存症じゃなくても、お酒を飲めば誰でもふわっとはするもので。でもってお酒の席だからハメをはずすなって注意されるわけです。

人によっては百害あって一利なしです。

しかも今年は申し訳ありませんが、断酒を始めたところなので、
なんとしても、ずる休みしてでも参加しませんけどねーだw

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宇多田ヒカルへの変化

前、宇多田ヒカルの新譜を買って、なんかぴんとこないようなことを書いたんですが。


なーんかポップだけど暗くて重い。なんか心の闇を感じる。
どんよりした気分になるので2回ぐらい聴いてあきらめる。
せっかくカラオケのレパートリーを増やそうかなって思ったんだけど。

あたしは歌が大好きです。小学生で習った歌で、「歌はともだち」というのがありますが、まさしく友達です。
ただ人前で歌うのが好きなのではなく、一人で思う存分歌うのが好き。
よってよく一人でカラオケボックスで歌っています。

音楽としては洋楽、しかもパンクとかROCKとかが好きですけど、歌うときは歌って気持ちよければいんです。それにはやはり日本語、女性の歌がキーも歌いやすいのと、おつきあいでカラオケってこともあるので、マニアックな洋楽じゃちょっと、、、。というわけでうちの会社に多い30代〜50代、ここら辺が誰でも知ってそうな人ってなるとこんな選択。

仕方ないのであゆも買って、んーこちらはこちらで迷走感ありますけど、まー鉄板の安心感というか。
闇は闇でもスターの闇というか。わかりやすいアップダウンですね。

いずれにせようろ覚えで先日カラオケに行ってみました。

あゆはまあ、歌いやすい。

でもすぐ飽きるよなー。

よし、ヒカルいってみよう!

うーん、わからない難しい。
なんどかカラオケ流しっぱなし。カラオケではだいたい主旋律が流れてるので、
よおく聴いてみる。

おお。面白い。
同じようなフレーズも半音だけちがったり、ちょっとだけリズムが違ったり。
ここをこうはずすか?
楽譜的なことはわからないし、作曲もできないので説明はできませんが、たぶんふつーはこうはしないだろうという複雑さ。

少し覚えた気がして歌ってみると、

「気持ちいい」

やっぱヒカル、天才やね。

一転して好評価。

やっぱり歌詞は暗いんだけどね。

そう思うと、ちょうど聴いたころって、お酒やめて、家族を重く感じたり、自分の心の闇みたいなものと向き合っていたりもしたし、彼女の歌詞には、母を思う気持ちと、闇の深さが感じられて重かったのかな。
KOHH(有名なラッパーらしいです。知らなかったけど)ていう人とコラボしてる曲とかは特に。その歌詞は「なんかアル中の歌?」とか思ったんですよね。
でもってKOHHってどんな人だとぐぐってみると、

身体中刺青。
こ、こえー。

ほんとに怖い人じゃないみたいですけど、彼が母親が薬物中毒であるということを公言しているそうです。
あーそれでか。しかもあたしがアルコール依存だから、アル中でもがいているみたいな歌に聴こえたんだな。

そんなこんながあわさって、すぐには受け入れられなかった模様。
確かにKOHHにも惹かれるものがありましたが、、、あたしが今10代でこれを聴いたら、ラッパーを目指してしまったかもしれませんが、まだちょっと怖いので、もう少し元気になったら一度聴いてみようかとも思います。

というわけで、それからは聴いていても嫌じゃなくなり、
無事レパートリーは増えましたというご報告。

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のめりこみやすい人

最近あんまりテレビも見ないので、女優さんが逮捕されたらしいというのはなんかで見ましたが、
高樹沙耶さんがだったんですね。
あーあ、好きな女優さんだったので残念。
あたしが一番好きな日本映画は、彼女が出演していた「チンピラ」です。
そういえばその映画で覚せい剤を打ってしまうシーンがあったよなー。因果なものです。

最近は田舎暮らしでは女優活動はしてないんだぐらいの認識でしたが、
まさか医療用大麻の解禁を訴えて選挙に出ていたとは!(それは知りませんでした)

あたしは大麻が有効なものなのか?害がないものか?は知りませんが、
彼女のこれまでの生活ぶりとかブログやTwitterの言動を見て、思うにこれは明らかに依存体質というか、依存症特有の思考ではないかとは思いました。

確かにアルコールも含めて合法的に危険なものというのはたくさんあって、それぞれ問題はあると思いますが、それを引き合いに出して大麻をダメというのはおかしいっていう論点がちょっと、、、。
ナチュラリストとはいっても、大麻がなければ自然な生活が送れないのか?他に薬代わりになる草はないのか?朝鮮人参じゃだめなのか?虫を煎じて飲むのはダメなのか?

研究者でもなく医療関係者でもなく、先祖は大麻農家で禁止されて困窮したとかでもないだろうし、なのに大麻はすばらしい、みなさん勉強してくださいって、それって常用している人にしか言えないんでは?そうではないと言うなら、本人の勉強って一体何をもとに?単に自分に都合のよい情報をうのみにしているのは当人も一緒。
理論が破綻しちゃってるなーと。
彼女を見てると、大麻ってやっぱり依存性があるんじゃないの?と逆に思いました。

女優からのダイバーからのナチュラリストへの極端な転身。
その度変わるパートナー。

のめりこみやすい人なんだなーと思います。
都度結果も出しているわけですから、その能力を生産的な方向にいくらでも使えると思うけど、
なにかに極端に打ち込んでいないと生きていけないのかな。

あたしも依存症のはしくれ。その気持ち、わからなくはないけど。。。

なんかやばい宗教家のような風貌になってましたもんね。
ほんとのナチュラルを目指してほしいような、それぞれの人生ですから突き進んで欲しいような。

複雑な思い。

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プロフィール

じーる

Author:じーる
2016年にアルコール依存から抜け出し、ようやく自分がやりたいことをちょっとずつ始めたアラフィフ会社員。
自分らしい生活を日々模索中。

猫、馬、熱帯魚など、動物が大好き。
2018年、1人海外旅行に初チャレンジ。
2019年、乗馬にチャレンジ
2020年、コロナと子猫がやってきた!
2021年、今年もコロナの激増でスタート。
今年はヨガを始めました♪

  

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